安倍首相辞任は自由世界の転換点

宗教で読み解く世界情勢(57)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 8月28日、安倍首相辞任のニュースが世界を駆け巡った。米大統領選が予定される2020年は国際情勢が大きな曲がり角を迎えるが、安倍氏辞任も間違いなくその転換点における最重要ピースの一つとなるだろう。
 日本国内では不当に軽視されているが、安倍政権下で日本の国際的地位は飛躍的に向上した。人口、経済ともに日本のシェアが確実に縮小する中、これはまさに偉業と言えるだろう。安倍外交の成功は、彼の辞任に寄せられた各国首脳の心からの惜別のメッセージに現れている。最も親密な盟友と自他ともに認めるトランプ米大統領をはじめ、米国と対立する中国、歴史問題を抱える韓国、さらにはロシア、英国、ドイツ、台湾などの各国首脳が、こぞって安倍氏の業績と貢献を讃えた。かつて、ここまで退任を惜しまれた日本の首脳はいなかった。
 もとより日本は、衰えつつあるとはいえ世界第3位の経済大国だ。しかし、これまではほぼ1年単位で首相が交代し、経済規模にふさわしい影響力を行使できなかった。安倍政権が国政選挙で6連勝し、8年近くにわたって政策の一貫性を担保したことは、それだけで外交における大きなアドバンテージである。直近のG7首脳会談における在任期間の序列は、国内基盤が弱体化した独メルケル氏に次ぐ第2位。ほかのあらゆる首脳たちの先輩格として大きな存在感を示していた。さらには予測不能なトランプ氏がほぼ唯一、無条件の信頼を寄せる西側首脳として、他のG7諸国と米国の橋渡しも期待されていた。
 目立った成果があげられなかったとはいえ、米国とイランの仲介役にも名乗りを上げた。米国が抜けて求心力を失ったTPPをほぼ独力でまとめ上げ、欧州との自由貿易協定締結にも成功。安倍氏が提唱した「自由で開かれたアジア太平洋構想」は、トランプ政権の公式的な世界戦略となった。まさに安倍政権の日本は、孤立傾向を深める米国と西欧、アジア・アフリカ諸国をつなぐ自由世界の要の位置に立っていた。
 今後、安倍首相という接着剤を失った自由世界は中国の覇権に対抗する結束力を維持できるだろうか? そもそも日本はアジアにおける米国最大の盟友の地位を保てるだろうか? 電話を含めるとトランプ・安倍会談は40回以上にのぼる。在独米軍に続いて在韓米軍の縮小も現実味を帯びる中で日米同盟の安定感は突出していたが、それも両首脳の強い信頼関係に負うところが大きかったのである。
 新しい首相にとって最も重要な課題は、まずなによりも日米同盟の維持、強化だ。間違っても米中等距離外交などという愚を犯してはならない。米中対立が深刻化する中で、韓国に続き日本までもが日和見的立場を取るようになれば、西太平洋から米国が完全に手を引く選択肢も現実味を帯びる。ただでさえ、米国のインド太平洋軍は「グアムキラー」「空母キラー」と呼ばれる中国の弾道ミサイル「東風26」の脅威にさらされているのだ。米国民が米軍兵士の生命と日韓台の防衛とを比べる時、秤はどちらに傾くだろうか。日本は何としても米国の東アジアに対する関心をつなぎとめなければならない。さもなければ「中国のアジア」という悪夢が実現してしまうだろう。
 「自由、民主主義、法の支配」といった普遍的価値を掲げ、日米同盟を基軸にインド、豪州など価値を共有する国々との連携を重視した安倍政権の外交政策は今後も維持されるべきだ。それは日本の安全保障のみならず、自由世界全体の命運をも左右する。もはや、米国に一方的に自由世界を守護する役割を押し付けることはできない。ともすれば自国に引きこもろうとする米国を、日本、西欧などが一体となって励まし、連帯を呼びかけ続けなければならない。
 ウイグルでは数十万のイスラム教徒が強制収容所に送られ、内モンゴルではモンゴル語教育が制限されるなど、少数民族の人権は著しく侵害されている。国家安全法の強制的な施行により、香港の民主活動家たちは命の危険にさらされ、台湾への密航を試みた者たちはあえなく拿捕され、強制送還となった。コロナ禍にあっても尖閣や南シナ海での覇権的行動はやまず、他の全ての国の合計回数を上回る弾道ミサイル発射実験を継続している。共産主義独裁体制の凶暴性を露わにし始めた中国によって、アジア・太平洋地域の自由は深刻な危機にさらされているのだ。中国の暴走を食い止める重要な使命を担っていることを、安倍後継政権のみならず、日本国民は改めて強く自覚すべきだろう。
(2020年9月10日 767号)

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