憎悪と怒りは破壊と混乱をもたらす

宗教で読み解く世界情勢(55)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 「ブラック・ライヴズ・マター(BLM)」運動は、全米で推定2000万人以上が参加する巨大なうねりとなり、その影響はヨーロッパにも飛び火した。「黒人の命を軽んじるな」という誰も反対できないスローガンは街頭デモやSNSで多くの賛同を得る一方、一部の暴力行為が深刻な懸念を引き起こした。
 もちろん黒人差別は解消すべきであり、警察による行き過ぎた暴力も容認してはならない。ただし、注意すべきは、この巨大なムーブメントの中核に過激な政治的意図が潜んでいることだ。黒人青年を圧殺した一警官の行為に対する非難から始まったはずの運動は、予算削減など警察組織の弱体化につながる政治的な動きに発展し、シアトルでは警察を完全に排除した「自治区」が出現した。
 各地で起こった銅像撤去の動きも過激化の一途をたどり、南部連合指導者ばかりか、建国の父であるワシントンやジェファーソンの銅像までもが引き倒された。6月22日には、BLM活動家のショーン・キングがツイッターで「イエス・キリストの像を引き倒そう」と呼び掛けている。白人姿のキリスト像は「白人至上主義の表れ」だからだ。
 多くの平和的なデモ参加者の意図をはるかに超えて、BLM運動の指導者たちは米国の歴史、文化、社会制度の全てを、黒人差別に血塗られた邪悪なるものとして否定する。24日、FOXニュースに出演したBLM運動ニューヨーク地区責任者のポーク・ニューサムは「この国が我々の要求に応えないなら、我々は現在のシステムを焼き払って置き換えるつもりだ」と言い放った。
 こうした状況を、作家のランス・モローは「四旧(古い思想、文化、習慣、風俗)」の打倒を掲げた中国の文化大革命になぞらえた。(『ウォール・ストリート・ジャーナル』)。フランス誌『ル・ポワン』ではダグラス・マレーが、BLM運動と冷戦期の左翼「平和学」の類似性を指摘。この運動の創始者たちがマルクス主義者を自任している点に注意を向けた。まさにBLM運動は「人種問題」を隠れ蓑にした共産主義の革命運動なのだ。
 「弱者」の怨念を利用して社会を分断し、体制打倒を目指すのは共産主義者の常套手段である。マルクスが描いた「資本家」と「労働者」の対立構造を、BLMは「白人」と「黒人」に置き換えている。70年代の性革命では文化共産主義者が「旧世代」と「ベトナム戦争に駆り出される若者」を対立させ、キリスト教文化に抑圧された「性」の解放を説いた。現代のLGBT運動にも、性的少数者という「弱者」を隠れ蓑に、伝統的な性倫理や婚姻制度の破壊に突き進む過激な性解放論者が紛れ込んでいる。
 こうした「弱者」を前面に立てた運動に異議を唱えるのは困難である。現代社会では「差別主義者」のレッテルを貼られることは社会的な死を意味するからだ。地位や信頼の喪失を恐れる専門家は口を閉ざし、イメージに敏感な芸能人や大企業は積極的に迎合する。かくして、誰もが心のどこかで「行き過ぎ」を感じながらも歯止めをかけられない状況が現出する。
 問題は、体制破壊を目指す共産主義運動が真の弱者救済をもたらさず、破壊と混乱だけを残すということだ。先に紹介したシアトルの「自治区」はどうなったか。当初「今すぐ町を取り戻せ」と訴えたトランプ大統領に対して、民主党のジェニー・ダーカン市長は「近所のパーティのような雰囲気だ」と理解を示し、トランプ氏の介入姿勢を「侵略」と呼んで非難していた。
 しかし自治区設置から3週間後の7月1日早朝、シアトル警察当局は、退去を拒むデモ隊の強制排除に踏み切った。警察がいなくなった同地区では、死者を出した複数の銃撃事件など犯罪が急増したのである。強制排除の際には解散の拒否、妨害にくわえ、刃物や金属パイプなど武器不法所持の疑いで30人以上が逮捕された。皮肉なことに排除命令を出したのは、当初、迎合姿勢を見せたダーカン市長自身である。
 シアトルの事例はBLM運動全体の末路を暗示していないだろうか。煽られた憎悪や怒りは建設的な力にはなり得ない。差別の歴史は直視すべきだが、完ぺきな歴史を持つ国や民族など存在しない。一方で奴隷制廃止の運動を開始したのは白人のクエーカー教徒であり、現代では大多数の白人が黒人差別に反対している。彼らを突き動かしてきたのは、BLM指導者が否定的に見るキリスト教や、すべての人の平等を説いた建国精神である。自らの不完全さを自覚しつつ、悔悟と許しで前進してきた歴史にこそ光をあてるべきだろう。
(2020年7月10日付765号)