限界を露呈した20世紀的価値観

連載・宗教で読み解く世界情勢(54)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 人類史において、感染症の大流行は文明史的な転換点ともなってきた。今回の新型コロナウィルスもおそらく例外ではない。グローバル化した世界では、感染症も過去とは比べ物にならないほど急速に拡大する。今年の初め、中国の武漢に端を発した新型コロナは瞬く間に全世界に拡散し、4月初めには世界人口の半数にあたる約40億人が何らかの外出制限を受け、自宅待機を余儀なくされた。6月4日現在(米東部時間)、世界の感染者は累計で658万人に達し、死者も38万人を超えている。国家間の往来も厳しく制限され、航空、観光業界は致命的な打撃を受け、貿易額も激減、失業率も各国で記録的なレベルに達しており、経済面の影響も計り知れない。
 国際情勢も激変した。まず一つには中国リスクの顕在化だ。流行初期における情報隠ぺいや、WHOにパンデミック宣言を遅らせるよう圧力をかけたとされる問題など、中国政府の不誠実な態度は欧米諸国の怒りを引き起こした。現在、世界8カ国で賠償請求が提起され、その総額は実に100兆ドルに上る。
 WHOの過度の中国擁護と台湾排除の姿勢は、中国による国連とその関連機関への周到な浸透工作を白日の下にさらした。英米を中心に既存の国際機関に見切りをつける動きも出てきており、トランプ大統領のWHO脱退宣言に続き、英国は次世代通信に関して民主主義国家10カ国(G7プラス韓豪印)の枠組み「D10」構想を提唱した。
 中国依存からの脱却を図る動きも顕著になってきた。製造業のサプライチェーンの多角化に向けた動きは止められないだろう。いざとなった時、中国が自国内の生産品を独占してしまえば、日本のマスクやPCR検査機器の不足にみられたように、各国の企業や国民が物資の不足で深刻な危機にさらされてしまうからだ。この動きは「世界の工場」として異常な発展を遂げてきた中国経済にも深刻な打撃を与えることになるだろう。
 中国は口先では「人類運命共同体」を唱え、一国主義が顕著な米国に替わり、国際協調を主導するリーダーのような振る舞いをしているが、その裏では、尖閣周辺で日本漁船を追い回し、南シナ海に行政区を一方的に設置したうえ、ベトナム船を体当たりで沈没させるなど横暴な振る舞いを続けている。さらに欧米諸国が強く非難する中、香港への「国家安全法」導入を決定。本来、2047年まで高度な自治を保障するとしてきた「一国二制度」についても「(国家間の約束ではなく)履行する義務はない」と言い放った。コロナ後の世界は、この本性をむき出しにした中国といかに向き合うかが最大の課題となるだろう。
 もう一つの大きな変化は米国の地位の急速な低下だ。前回も触れたようにコロナ対策の国際協調において米国のリーダーシップは全く発揮されなかった。それどころか、自国内の感染拡大を十分に制御できず、5月27日時点で感染者は約170万人、死者数も10万を超え、世界最大の感染被害を出している。
 米国の公衆衛生、医療、保健分野の想像以上の脆弱さは、格差社会を直撃し、特に、黒人の重症化、死者数の多さが問題となっている。イリノイ州では黒人の人口比率は14%だが、死者数では34%を占める。黒人比率が30%のジョージア州でも、重症化した入院患者の83・2%が黒人だ。原因としては、黒人はテレワークが難しい業種につくことが多く感染リスクが高いうえ、医療保険の加入率も低いことなどが挙げられている。また、もともと貧困率が高く(白人の9%に対して黒人は22%)、解雇、一時帰休などの影響もあって、経済的にも深刻な状態に置かれている。
 そこに追い打ちをかけるように白人警官によって黒人男性が窒息死させられる事件が起こり、全米レベルの抗議運動が発生、一部は商店の略奪など暴動へと発展した。デモは少なくとも140の都市に広がり、40カ都市で夜間外出禁止令が発せられた。これは1968年のキング牧師暗殺以来、50年ぶりの事態である。トランプ大統領は、左翼過激派の「アンティファ」が暴力行為を煽っているとして、同運動を「テロ組織」と呼んで非難した。米国内の左右対立は収拾不能なレベルに達している。
 中国の脅威が高まる中、米国の不安定化は日本にとっても大きな懸念材料だ。20世紀に東西を主導した共産主義と自由主義の双方が限界を露呈するなか、世界は新たな指導理念を必要としている。混乱の時代は世界宗教を生み出す時代でもある。未曽有の危機にあって、人類は未来を照らす新たな光明を見出すことができるだろうか?
(2020年6月10日付764号)