転換期の米カトリック教会

宗教で読み解く世界情勢(50)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 先回、米国大統領選挙における宗教票の役割について論じたが、なかでも勝敗のカギを握るとみられるカトリック教会で注目すべき変化が起こっている。米カトリック教会保守派の思想的リーダー、フィラデルフィアのチャールズ・シャピュウ大司教が75歳を迎えて引退したのだ。フランシスコ教皇は後任に、クリーブランドのネルソン・ペレス司教を任命した。
 イエズス会士で宗教アナリストのトーマス・リースによると、シャピュウの引退は、米国のカトリック教会における大きな転換点となる。リースは1996年にも逆の意味での転機があったという。その年、第二バチカン公会議(1962〜65)以降、米国教会の改革を主導してきたジョセフ・バーナーディン枢機卿が亡くなった。当時のヨハネ・パウロ二世の意向もあり、同枢機卿の死と共に、米国教会は保守的な方向へと舵を切った。その中で強い指導力を発揮してきたのがシャピュウ大司教だった。
 近年、米国社会では性的少数者や中絶の問題、移民受け入れから環境問題に至るまで左右の対立が激しくなっている。その中でシャピュウは文化戦争の闘士としてカトリック保守派の声を代表していた。それだけに、社会問題に対して、より開かれたアプローチを取るフランシスコ教皇との関係は決して良好とは言えなかった。
 バーナーディンの死が保守派の台頭をもたらしたように、シャピュウの引退によって、米カトリック教会は保守から進歩的リベラルに方向性を変えることになるのだろうか? 実際にリベラル陣営は、教会が同性婚や中絶に対して、より妥協的なアプローチを採用することを期待しているだろう。
 しかし、リースはそのような見方を明確に否定した。彼は教皇がシャピュウの後任としてペレスを選んだことに今後の米国カトリック教会の方向性が示唆されているという。ペレスは決して文化戦争の闘士ではなく、社会問題に対してカトリックの保守的な見解を声高に主張することもない。だからといってカトリックの教理を変更するようなリベラルな思想の持ち主でもなく、女性の聖職者の任命や産児制限、同性婚を容認することはないだろう。彼は、ただ貧しいもの、疎外された人々の悲しみに寄り添い、痛みを癒やすことに関心があるのだ。「傷ついた人々のための野戦病院」であろうとするペレスの姿勢は、まさに教皇が思い描く理想の教会像に一致するとリースは指摘する。
 そもそもフランシスコ教皇が伝統的な教義を軽んじているとか、同性愛や中絶に寛容になっていると考えるのは間違いだ。彼はことあるごとに、胎児の生命を奪う中絶の非人道性を語っており、同性愛者を差別しないと述べる一方で、同性愛行為そのものは罪だと明確に述べている。ただ彼は、そうした主張を声高に唱える以上に、教えを語る立場にある聖職者や教会の信頼性を高めることのほうが、より重要だと考えているのだ。
 確かに、今や語られる内容の正しさよりも、それを語る人自身のあり方が重視される時代となっている。カトリック信者が大多数を占めるアイルランドの同性婚合法化が世界に衝撃を与えたが、同国の信者たちはカトリックの教義に反発したのではなかった。相次ぐ性的スキャンダルなど、腐敗したカトリックの聖職者や教会に不信感を抱いていたのである。
 フランシスコ教皇が問題とするのは、まさにその点だ。教皇は、より多くの魂に救いの手を差し伸べるどころか、教会から人々が去っていく現状を深刻にとらえており、その原因を聖職者の愛の欠如、司牧的な配慮の不足にあると考えている。社会的な信頼と活力を失いつつある教会をよみがえらせる道は、救いの福音を聖職者たちが身をもって示すことだというのが教皇の一貫した信念だ。
 米国ではキリスト教徒の割合が年々、低下している。なかでも約1割の米国人が「イエスは愛するが教会には行きたくない」と答えている現実は見逃せない。しかも教会から離れているのは若者ばかりではない。さきほどの1割のうち80%は33〜70歳の中高年で、教会離れは全世代で起こっている。
 シャピュウの引退は、米国における保守派の声を一時的には弱めるかもしれない。2016年のトランプ当選にカトリック保守派の票も大きく貢献したが、今回も同様の支持を得られるかは不透明だ。
 しかし、ペレスをはじめ教皇のビジョンを体現する聖職者がカトリック教会の再生に成功するなら、長期的には、保守派が重視する信仰の自由や生命の尊重、貞節と家庭の価値を社会に取り戻すことにつながるだろう。(2020年2月10日付760号)