六信五行と五範疇の長所と短所

カイロで考えたイスラム(22)
在カイロ・ジャーナリスト 鈴木真吉

 「イスラム」の意味は、神に絶対に帰依し、服従し、神が定めた善行を行うことで、その善行とは、六つを信仰し、五つの行為を行うことだとされている。信じる6対象は、神、天使、啓典、預言者、来世(終末)、神の予定だ。
 イスラム教は徹底した一神教で、唯一無二の創造神にこだわる。その点は、ユダヤ教もキリスト教も同じで、因果関係から推察しても第一原因はなければならず、神は唯一の創造者とすることは理解できる。
 ただ、イスラム教の神概念の問題点の一つは、神と人間との関係にある。イスラム教では、神は人間にとって絶対的な主人であり、人間は神の前に完全な僕だとする。キリスト教は、神と人間との関係は親と子だとし、アダムとエバが最初の神の息子・娘になるべきだったが、堕落してその位置を失ったので、そこに就くべく遣わされたのがイエスだとする。どちらが事実なのか、神学上の重大な命題でもある。
 もう一つ、神と人間との関係性についてイスラム教は、人間は神に直接つながるのが原則で、人を介してはならないとする。この前提には、神のみが唯一絶対で、正しい判断ができる存在であるとの考えがある。人間は神とは絶対的に断絶された存在で、それゆえ人間を神のごとく偶像化してはならない。だからイスラム教には、キリスト教のような聖職者はおらず、全員が平信徒で平等だとする。
 例えば、ラマダン期間に断食をしない人に対し、「あなたはどうして断食をしないのか」ととがめる権利は誰にもない。「私と神との間で決めたことで、人に干渉される筋合いではない」からだ。イスラム法学者がファトワ(イスラム法令)を出す場合でも、彼はあくまでも神の僕として、神の意図を解釈し参考意見として述べるだけで、絶対的に正しいということではない。ファトワを受ける方は、それを参考に、最終的には自分で神との間で決め、法学者に強制されてではない、というのが基本的な信仰の在り方とされる。
 この考え方の長所は、徹底すれば民主主義の実現になることだ。イスラム教と民主主義は両立するのかという議論が時々浮上するが、イスラム教徒が全員一致してこの考えを徹底するなら、神の前に一人ひとりが平等という民主主義が定着するのは当然である。現在のイスラム社会がそうなっていないのは、イスラム教が徹底していないからだと言える。
 イスラム教が人間を神の奴隷(アブド)としていることからくる短所は、ただひたすら神の命令に従順に従うことが信仰だとされ、要求したり批判したりする意思が削がれることだ。その結果、創造性や主体性が失われかねない恐れがある。神と人間の関係は、信仰や思想を決定づける重要な基本概念であるだけに、イスラム教の神観、人間観については、徹底して議論されなければならない。
 キリスト教の聖典である旧新約聖書からは、神と人間との心情的な関係が、歴史的に変化していることが読み取れる。預言者モーセ以前の旧約時代は、人間は神の「僕の僕」というかなり隔絶された関係だが、モーセ以降は「主人と僕」になり、イエスの新約時代には「父と子」という親子関係になる。神と人間が養父と養子の関係で描かれている個所もある。
 イスラム教でも、神と人間は永遠に主人と僕という関係なのか、それとも、時代と共に深まっていくのか、イスラム神学者が既成概念にとらわれず、活発に論議することを期待したい。イスラム教でもスーフィー派は、人と神との心情関係を求める傾向があり、神の愛の中に包まれる陶酔境を経験するという。その心情関係は、神の僕というより子供の可能性が高いことから、神との心情一体化がどの次元でなされるのか、スーフィー派神学との融合も課題となろう。
 神の絶対性は予定論にもかかわる。すなわち、予定は絶対的なのか相対的なのかで、この論議も避けて通れない。
 イスラム教が天使の実在を明言している点は、長所として評価される。多くの無神論者や目に見えない世界を信じない人々にとって天使は夢物語にすぎないが、神の御業を補佐し、助け、各種の役割を担っている天使に気付き、それに言及しているのは、さすが預言者である。天使ガブリエルを通じて神の啓示を受けた経験が、預言者ムハンマドに天使の存在を確信させたに違いない。
 ただ、天使の実在は認めたとしても、イスラム教が主張する天使の種類や役割、人間との関係、さらに人間の堕落や悪、サタンとの関係などについては、より詳細な分析が必要とされそうだ。そもそも神はなぜ天使を創造したのか。善の存在として創造したなら、どうして堕天使と呼ばれる悪なる天使が存在するのか。天使も人間と同様、堕落したのか、それとも最初から悪なる天使を創造したのか。そうであれば、善なる神が悪なる存在を創造し得るのか。悪なる天使を創造したとするなら、その目的は何かなど疑問は尽きない。
 イスラム教では、サタンは神が人間を創造する前に創造されたとする。子である人間の幸福を願う神が、どうして人間の創造前にサタンを創造したのか? さらに、天使は現在、人間にどのような影響を与えているのかなど、イスラム神学でさらに検討すべきであろう。とりわけ、神は完全で絶対善であられるのに、子である人間を悪に誘惑する天使をなぜ創造したのか、明確な解明が求められている。
(2019年12月10日付758号)