米大統領選を左右する宗教票

宗教で読み解く世界情勢(49)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 米国大統領選挙を1年後に控え、トランプ大統領に挑戦する民主党候補選びが徐々に熱を帯びている。一般的には現職有利とされるが、気になるのはトランプ氏が直面するウクライナ疑惑の行方だ。現状では民主党が多数を占める下院での「弾劾訴追」は避けられないものの、共和党多数の上院で「無罪判決」が下される可能性が高い。
 興味深いのは史上3人目の弾劾裁判が確実という状況でも、トランプ大統領への支持率が4割程度で安定し、ほとんど変化していないということだ。特に強力な支持層にとっては、弾劾の動きすら逆に結束を強める効果をもたらした。既に固定化した米国政治における二極分化の構図は、簡単には変わらない。
 この二極対立は宗教票においても同様だ。2000年代以降の選挙分析では、宗派によって支持する政党がほぼ固定化している。プロテスタント、なかでも白人の福音派は一貫して共和党支持であり、トランプ政権でも岩盤支持層の中核を占める。一方でユダヤ教、無宗教は民主党支持だ。また、プロテスタントの中でも黒人教会は伝統的に民主党を支持してきた。
 このなかで特に政治的に熱心なのは白人福音派と黒人教会である。それは、中絶や同性婚、人種問題などに関する政治的な決定が、信仰生活にも大きな影響を与えるからだ。彼らは信仰的な信念を政治に反映させることが、キリスト教徒の使命とすら考えている。
 では、同じように政治的な情熱を持つ二つの宗派が、なぜ共和党と民主党に二分されているのだろうか。それは、両宗派が政治に強く関わるようになった動機で説明できる。
 福音派が政治に強く関与するようになったのは1960年代以降だ。この時代は政治的にはケネディ・ジョンソンの民主党政権が、社会福祉政策重視の「大きな政府」路線を推進し、自由と責任を重んじる米国社会の伝統を変質させた。文化面ではカウンター・カルチャーが猛威を振るい、十代妊娠やドラッグ、離婚が急増、キリスト教的な性道徳は地に墜ち、家庭崩壊が深刻化した。さらに司法では、民主党色の強い最高裁が、公立学校での祈祷禁止や妊娠中絶合法化といったリベラルな判決を相次いで下した。
 こうした米国社会の世俗化(非宗教化)に対して、「清教徒のアメリカ」崩壊への危機感が高まった。特に敬虔な信仰をもつ福音派の焦燥感は激しく、古き良き米国を取り戻してくれる政治家を選ぼうと、積極的な政治運動を開始することとなったのだ。
 彼らがトランプ氏を強力に支持する理由もそこにある。福音派にとってオバマ前政権は、まさに当時の悪夢の再現であり、最高裁では同性婚が合法化され、彼らの道徳的な危機感は沸点に達した。オバマ時代の政策を強力に巻き戻す、実行力のある強い指導者を求める彼らのニーズに合致したのが、まさにトランプ氏だ。彼もそのことをよく自覚しており、就任以来、福音派を満足させる政策を次々と実行した。今回も福音派の投票行動に大きな変化はないだろう。
 一方で黒人教会は、長い人種差別の歴史ゆえに、政治的な公正や経済的な平等を求める傾向が強い。同じキリスト教的な信念であっても、彼らの主な関心は弱者救済、格差の是正といった方向に向かう。それはむしろ民主党の福祉拡張政策と親和性があり、1960〜70年代にも「公民権運動」という形で民主党の強力な支持基盤となった。
 ただし近年さらに左翼色を強め、無神論者と社会主義者の政党に変質しつつある民主党は、キリスト教的な信念からはますます遠ざかっている。そのなかで民主党支持の黒人教会から離れ、無宗派のメガチャーチに宗旨替えをする黒人信者が増えている。彼らは共和党支持の傾向があり、大統領選挙にも影響を与えるかもしれない。
 最後に、最も注目されるべきはカトリック票の行方だ。有権者の3割を占めるカトリックは、実は「隠れたスイングステート」である。過去5回の大統領選挙では2004年と16年は共和党候補に過半数(いずれも52%)が投票し、ブッシュ、トランプの当選につながった。それ以外は民主党支持が過半数(50〜54%)で民主党が2勝1敗。つまりカトリック票が勝敗を決しているのだ。
 前回の2016年は、直前にヒラリー陣営幹部のカトリック批判メールが流出。中絶に曖昧な態度をとるヒラリー候補への不信や、同性婚に対する危機感も相まって、トランプ氏にカトリック票が集まった。今回は前回と比べて、文化的な争点の色合いは薄い。トランプ再選に向けては、カトリック票をつなぎとめるためのアプローチが大きな課題となるだろう。
(2019年12月10日付758号)