落日のG7に見る文明史的転換

宗教で読み解く世界情勢(46)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 首脳宣言のとりまとめを断念し、1枚の成果文書の発表のみに終わった今年のG7サミット(主要7カ国首脳会合)は、欧米主導の時代の「終わりの始まり」を強く印象付けるものだった。ただし、この行き詰まりの原因を「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領一人に帰するのは適切ではない。
 首脳会議に参加した顔ぶれを見れば、米国ばかりでなくG7の他の国々も国内に多くの矛盾や限界を抱えていることがわかる。EU離脱をめぐる混乱の渦中にあるジョンソン英首相、極右政党の攻勢にさらされるマクロン仏大統領、反EUのポピュリズム勢力「五つ星運動」を与党とするコンテ伊首相、移民政策の迷走と相次ぐ選挙の敗北で求心力を失ったメルケル独首相。移民排斥や一国主義の課題を抱えるのは米国だけではない。
 G7は経済面でも存在感が薄れつつあり、世界GDPに占める割合は1987年の約7割(69・9%)から、現在は46%にまで落ち込んだ。経済の停滞や格差の拡大、政治的な混乱状況。かつて世界の先導役を自認してきた西側「先進」諸国は、植民地時代の負の記憶とも相俟って、もはや世界のお手本ではなくなった。
 G7など西側先進国の衰退には、文明の基礎となるキリスト教の凋落が大きくかかわっている。まず、政治的な面では、各国の政治的安定を担保するうえでキリスト教民主主義勢力が重要な役割を担っていた。価値観においては保守だが、経済政策では社会民主主義に近い同勢力は、左右に揺れ動く政治状況にあってバランサーの役割を果たしてきた。
 さらに外交面では欧州統合を強く支持。EU議会においてもキリスト教民主グループが長らく最大勢力であり続けた。しかし、各国でキリスト教信仰が薄れ、主な支持層であった農民などの中間層が没落。EU最大の支持基盤が空洞化するなか反EU的な世論が勢いを増し、接着剤を失った国内の政治的対立も尖鋭化している。
 さらにキリスト教信仰の衰退と世俗化がもたらした最大の危機は、家族とコミュニティの崩壊だ。西欧諸国は、フランスも含めて軒並み出生率が2を割っており、事実上、大量の移民に国力の維持を頼っている。米国の調査では、出生率が信仰の有無によって左右されることが示されており、イスラム、プロテスタント、カトリックは高く、無宗教層は低くなる。また、倫理基準の低下による一夫一婦制度の崩壊は、離婚や婚外子の増加とコミュニティの荒廃を招いた。信仰の衰退は、結婚、家庭価値の相対化と、個人主義の蔓延をもたらし、国力の衰退を招いているのだ。
 輝きを失いつつある欧米型の自由民主主義モデルに替わって存在感を増しているのが一党独裁、国家統制型の中国モデルである。独裁的な体制を持つ中央アジアや南米の一部だけでなく、世界に残された最後の巨大市場アフリカでも中国の存在感は圧倒的だ。相手国を「借金漬け」にするとの批判がある一方で、人、モノ、カネを大量に投下する中国に対する期待は大きい。実際に日本の外務省がアフリカ3カ国(ケニア、コートジボアール、南アフリカ)で実施した世論調査では、最も信頼できる国として「中国」を挙げた割合が33%に達し、第一位となった(仏23%、米15%、日本7%)。
 しかし、ウイグルや香港の事例にみられるように、人権を軽視する共産党一党独裁の本質は変わらない。中国モデルは、決して欧米モデルの代替案とはなり得ないのだ。
 自由や民主主義、人権尊重や法の支配といった普遍的価値を広めた欧米モデルを発展させる可能性は、本来、日本をはじめとする西洋と東洋の接点に位置する国々に秘められていた。精神性、道徳性を重んじ、先祖崇拝と家庭倫理に基づく共同体が強固であった東洋諸国の先人たちは、欧米諸国の長所と課題を鋭く見抜いていた。
 早くも江戸末期には、横井小楠などがキリスト教の高い道徳性を評価する一方、現実の列強の行動原理が自国中心主義の集団エゴ「割拠見」だと看破していた。G7の一角を占めるようになった現代でも、80年代の大平政権時に「高負担高福祉」の福祉国家の限界を指摘。家族、コミュニティを重視し、自助、共助、公助のバランスのとれた日本型福祉政策を構想した。
 残念ながら、その後の日本も欧米型個人主義の波に飲まれ、少子化と家庭崩壊が止まらない。一方で、安倍政権誕生以来の政治的な安定に加え、日本の技術力やモラル、支援の質の高さへの信頼は厚い。欧米モデルに替わる文明への模索が続く世界にあって、G7唯一の東洋国家、日本が果たすべき役割は大きいだろう。
(2019年9月10日付 755号掲載)