平成の御代を蝕んだ内なる脅威

宗教で読み解く世界情勢(40)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 前回は平成の30年間を国際情勢という視点で総括した。平成のはじめ、ソ連、東ヨーロッパで共産党一党独裁体制が終焉を迎えたのとは対照的に、アジアではこの30年間で中国が急速に勢力を拡大し、北朝鮮は核ミサイルを保有するに至った。体制としての共産主義の脅威は、決して終わっていなかったのである。
 一方、東西冷戦の数十年間は文化的な面で共産主義が西側諸国を内側から蝕んだ期間でもあった。具体的には、性モラルと結婚・家庭の徹底的な破壊である。20世紀初頭に共産主義とフロイト左派が結びついて生まれたフランクフルト学派は、キリスト教的な性倫理と一夫一婦の婚姻制度を、抑圧と搾取の元凶として敵視した。彼らは1960~70年代の性解放運動に理論的根拠を与え、女性の権利運動と合流して、結婚や家族制度そのものを否定する過激なフェミニズムを生み出した。
 平成の30年間、中国、北朝鮮の脅威が徐々に顕在化する一方で、性解放と過激なフェミニズムの波が日本社会を完全に飲み込み、家族や社会のあり様を根底から変えてしまった。厚生労働省は、昨年末に平成最後の人口動態統計(速報値)を発表した際、急激に進む少子高齢化と人口減少の主な要因として「平成の間に進んだ家族の形とライフスタイルの変化」を挙げた。ちなみに平成30(2018)年の出生数は、統計開始以来最少を更新し、この1年間で日本人の人口は実に40万人以上も減少している。
 厚労省の指摘した日本の家族やライフスタイルの変容について具体的に見てみよう。まず、そもそも結婚することが当たり前ではなくなった。50歳時点で一度も結婚したことのない人の割合(生涯未婚率)は、平成2年の男5・6%、女4・3%から、27年には男23・4%、女14・1%に跳ね上がった。その結果、全世帯数に占める単独世帯の割合も、27年には34・6%に達している。ひとり暮らしの高齢者も約600万人に上る。日本は「家族で暮らす国」から「一人で生きる国」に急速に変化しつつあるのだ。
 家族を維持することよりも個人が優先される風潮のなか、離婚のハードルも下がり、結果としてひとり親家庭が激増した。子供の数自体が年々減っているにもかかわらず、逆にひとり親世帯の数は、昭和63年の102万世帯から平成28年には142万世帯に増えている。ひとり親になる理由も、かつては死別が3~4割を占めていたが、現在では離婚によるものが8割以上を占めるようになった。こうした家族の不安定化が、子供の貧困や虐待の増加を招いていることは言うまでもない。
 家族の解体による単身化は国全体の活力をも奪ってしまう。たとえば一人で食事をする男性は、家族で食卓を囲む男性と比較して、2・7倍の確率で鬱になる。当然、仕事に対する動機付けや意欲も低下する。実際に、オリコンが2007年に実施したアンケート(複数回答可)では、20~40代男性の労働意欲を支えているものは第一位が「収入」(67・9%)で第二位が「家族」(40・7%)だった。特に40代男性では家族と答える割合が55・3%と半数を超える。未婚や離婚の増加で加速する男性の単身化は、勤労意欲の低下を招き、社会全体の生産性をも押し下げているのだ。
 本来ならば、こうした社会的変化に対して、最も敏感に反応し、結婚と家族の価値の再生に向けて努力するのは宗教家である。たとえば米国では、福音派などが中心となって「文化戦争」の名のもとに性解放や過激なフェミニズムに戦いを挑んだ。そんな米国にあっても、いったん崩壊を始めた社会的規範を立て直すことは難しく、結婚、家族の価値を擁護する戦線はじりじりと後退を余儀なくされている。まして、宗教が社会の周縁に追いやられている日本においては、身を挺して価値観の戦いに取り組む動きは見られない。
 左翼活動家は、近年、盛り上がりを見せる性的少数者の人権運動も利用している。現在、各地の自治体で同性パートナー制度導入の陳情・請願が相次いでいるが、その運動を推進する大学教授は、男女の異性愛規範にもとづく社会制度そのものの変革を目指すと公言している。一方、教育現場では「人間の性は男女に分けられない」「同性、異性、どちらを好きになるかは個性」といった過激な教育が広がりをみせ、那覇高校のように男女の制服を自由化する学校も現れてきた。この2月には同性婚を求める裁判も始まる見込みだ。中国、北朝鮮の脅威に目を奪われがちだが、日本国内で進む結婚、家族をめぐる思想的戦いも深刻な局面を迎えている。
(2019年2月10日付748号掲載)