プロテスタントの分裂と米国外交

宗教で読み解く世界情勢(31)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 アサド政権による化学兵器使用への報復として、米英仏三カ国がシリアに軍事攻撃を行った。イラクなどの事例を想起して軍事行動による事態の悪化を懸念する声も聞かれるが、レッドラインに毅然と対応したことを評価する声も上がっている。この点は「化学兵器使用がレッドライン」と明言しつつ、何らの行動もとらなかったオバマ政権とは対照的だ。「有言実行」を示したことで対北朝鮮の圧力に説得力が加わったとの指摘もある。
 いずれにせよ、依然として世界一の超大国であり続ける米国の外交政策は、国際情勢に大きな影響を与える。果たして米国の外交政策は、どのような価値観、原則に基づいているのだろうか?
 ハドソン研究所の上級研究員マイケル・ドーランは、米国外交政策の根底にはプロテスタントの信仰があると解説する。さらに二十世紀初頭に顕在化したプロテスタント内部の神学上の分裂が、米国の外交アプローチの対立軸に影響を与えているという。
 その典型的な構図は、進化論をめぐる裁判に現れた。一九〇〇年代初頭、学校で進化論を教えた代理教員が訴えられたスコープス裁判だ。創造説の立場から原告側の中心人物となった政治家ブライアンと、彼を批判し、進化論教育を支援する知的エリート層との対立は、全国的な論争に発展した。
 ドーランは、創造説に固執したブライアンの考え方を「ジャクソニアン信条」と名付けた。その名称は、エリート支配を憎み、広く「普通の人」の政治参加を促したアンドリュー・ジャクソン第七代大統領に由来する。実際、ブライアンは「進化論」だけではなく、大衆を軽蔑し、自らに社会を改良する力があると過信する東部の都市エリートとも戦った。「ジャクソニアン信条」では伝統的なキリスト教神学に従い、人間が不完全であり、神によってのみ救いがもたらされると信じるからだ。
 一方、ブライアン陣営を「無知で偏狭な田舎者」として軽蔑した進化論支持者の考え方は「進歩的信条」と名付けられた。それは産業改革や、科学技術、医療の飛躍的発展を背景に、社会を改良する人間の力を過信する傾向をもつ。一方で、神や敬虔な信仰は背景に退けられ、合理的なヒューマニズムが信奉されるようになる。
 それぞれの信条、神学は、外交政策にも影響を与えた。「ジャクソニアン信条」の立場では、平和や社会正義を実現するのはイエスであり、不完全な人間や、人間が作った政府ではない。彼らの関心はイエスの再臨に備えて個人的に敬虔な信仰生活を行うことであり、政府の役割は信徒たちの自由な生活を保護することに限定される。
 したがって、自由が確保されている限りにおいては、あらゆる政策に対して無関心だが、ひとたび自由が危機にさらされた場合には全力で「自由の敵」に立ち向かう。ただ、彼らの反応はあくまでも防御的なものであるため、その熱気は冷めやすい。
 反エリートの福音主義者を支持層に持つトランプ政権はこの立場に近いと言えるだろう。実際、トランプ大統領はジャクソンを敬愛しており、ポンペオ新国務長官も福音右派に属している。
 一方で「進歩的信条」を持つ知的エリートは自分たちの力で世界を作り替えることができると信じている。彼らは「多様性」「寛容」など、自らが政治的に正しいと考える進歩的価値観を「福音」として国内外に啓蒙する。クリントン、オバマ政権と関係が深い投資家のジョージ・ソロス氏も、各国で「民主化」を旗印に反体制運動を支援してきた。
 トランプ政権の気まぐれとも見える振る舞いに悩まされる人々は、オバマ氏を理想化して懐かしむ。しかし、彼に象徴される「進歩的信条」も万能ではない。東欧や中東で展開された民主化の試みは、かえって地域の混乱を助長し、彼らが啓蒙した進歩的価値観も、中国、ロシア、さらにはイスラム勢力から深刻な挑戦を受けている。自らの力を過信する西洋知的エリートの「神なきヒューマニズム」は、米国内の「ジャクソニアン」だけでなく、世界中の「頑固な田舎者」から猛反発を受けているのだ。
 残念ながら、「ジャクソニアン」の米国も「進歩派」の米国も世界を救えていない。政策の失敗は、その根本にある人間観、世界観にも切実な問いを投げかける。果たして人間は神の救いを必要とする欠陥品なのか、それとも自力で平和と公正を創り出せる存在なのか? 人間社会が抱える課題を解決しようとすれば、その根本的な問いを避けて通ることはできないだろう。
(2018年4月20日付 735号)

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